金属のことあれこれ
人類の文明は、火と道具の利用によって発展してきました。最初は木や石を材料にしていたものがやがて加工のしやすい金属にとって代わられ、その金属のもつ特徴によって用途が決められる今日に至っています。
最初に発見された金属は金とも銅ともいわれていますが、わたしたちが金属を使うようになったのは、およそ7,000年前だと言われています。金属の中でも最も使われている鉄は、5,000年前の古代エジプト人が"天の金属"として絵文字に記しており、おそらく宇宙から地球に落ちてきた隕石の中に含まれていた鉄を利用したものと考えられています。この鉄文化はエジプトや中近東からシルクロードを通って中国に入り、さらに縄文時代終わり頃には日本へと渡ったとされます。奈良時代に記された「古事記」(神話・伝説)、「播磨風土記」、「日本書紀」などにも金属についての記載があります。
道具としての金属利用が斧や器、装飾具から始まり仏像・貨幣、やがて刀剣・鉄砲などの武器として多用されるようになり、現在では高層ビル・鉄・船舶・自動車・飛行機・宇宙船にそれぞれの特徴をもった金属が私たちの生活と密接なところで使われています。
特に鉄は丈夫で、たくさん採れ、値段が安く、いろいろな形にしやすいところから金属のなかで90%以上の利用が鉄で占められております。
姫路工業団地は、「播磨風土記」によれば最も古い鉄の産出地の一つで古代製鉄の伝承があり、中世では傑出した刀剣類を生産し、近代では有数規模の製鉄所を有していた播磨地方(兵庫県の西部地域)の中心地・姫路市に位置し、永い歴史と近代的手法をもって現在も鉄を中心とした金属の加工を通じて、みなさまの生活文化に役立つように努力しております。
昔むかし
昔むかし、播磨の国ではその前の年から日照りが続いて1適の雨も降りませんでした。村中の人々が集まって雨が降るように天の神様にお願いをしました。その年の夏も終わろうとしたころ、ひとりの神様が天からこの村におりてきました。この神様は鉄の神様でした。「みなさんを助けるためにやってきました。鉄の作り方を教えてあげます。そして田畑の作物がよく実るようにしてあげましょう」と言って、村の人々に鉄の作り方を教え、鍋や鉄の道具を作りました。村の人々はこの道具を使って作物がたくさんできるようになり、国が豊かになりました。
やがて、神様は「これから西の国に行きます」と言って、出雲の国に行きました。出雲の国の長者さまがお社を建てて、この鉄の神様をお迎えしましたところ、神様はお喜びになって、村の人々に鉄の作り方を教えます、と言って、薪と粉鉄を集めさせ、土を掘り起こして炉をつくらせました。神様は炉に火をはなつと炉から真っ赤に焼けた鉄が次から次へと溢れでてきました。おかげで村の人々はこの鉄でいろいろの道具を作ることができて、出雲の国は栄えました。村の人々はこの神様をいつまでも敬い、いまでも神社を守っているとのことだそうです。